ことのほか気に入り、11月半ばまた訪れることにした。
それほど強い印象を残したのは、桂離宮ほどはよくないだろうという、事前の期待値が低かったことと、その日が良く晴れた秋の好日だったこともあるけれど、修学院離宮そのものの魅力であることは言うまでもない。
桂離宮が当時の職人達の技を凝らした美の空間であるとすれば、修学院離宮の魅力はもっとおおらかな、風景美にあるように思う。
遠く比叡山、近くは修学院山を借景とし、
近辺の農家によって今も耕作が行われる田畑にとりかこまれ、
京都ではめずらしく広大な空間に点在する
この離宮(特に上離宮)には、ゆるやかな開放感と、
人の手による自然とのやわらかな調和が実現されている。
自然を模し、調和を図ることで美へと至るそのあり方は、フランス式庭園、ヴェルサイユ宮殿のそれとは正反対だといえる。
(毎回フランスとの比較になってしまうけれど、一緒に行った相手がフランス人だったこともあり…)
この離宮と同じく、17世紀中ごろに作られたヴェルサイユ宮殿の庭園では、自然は人によって「飼いならされ」(apprivoisée)ている。
花や植物はフランス中から集められ、
花壇は幾何学的、小道は直線、池は左右対称である。
また、修学院離宮の建設に当たり後水尾上皇は、
比叡山の借景と、池を作るための水源とを併せ持つこの土地を
14年という歳月をかけて選んだといわれるが、
ヴェルサイユでは、水源のないその土地に
10キロ離れたセーヌ川から大工事により水を引き、
当時としては大変な技術でもって、噴水を作らせている。
どこまでも対照的な両庭園だが、
その両者の自然や美に対する文化的差異に加え、
その政治的立場、そして用途の違いもまた対照的である。
方や実質的権力は徳川幕府に握られ、
風雅の世界に生きていた後水尾上皇の
歌や楽、舟遊びに興ずるための離宮であり、
方やフランス絶対王政の絶頂を迎えていた
ルイ14世の正に宮殿であり、その威光の象徴だからである。
比較はこれぐらいにして、修学院離宮に話を戻すと、
この自然と調和した離宮にも、見事な演出が施されている。
まずは、下離宮から門をくぐって出たところ。
急に空が開け、前には修学院山、遠くには比叡山、
左右には松並木の向こうに田園が広がる。
開放感とともに、山々に色づく木々の美しさにはっとする瞬間である。
そして、上離宮の御成門を通り、
青々とした生垣の間の細い小道を登っていった、
隣雲亭からの景色。
下には浴龍池、そしてそれを囲む、
ところどころ朱に色づいた木々、
そして遠くには北山、岩倉の山々へと続く
広大な景色が広がっていて、
この離宮の魅力を実感することができる。
10月末、好天に恵まれ訪れた際
11月半ば、雲は多いが紅葉が進んだ中訪れた際
(この撮影は修学院山の写真とともにこちら)




